昭和52年09月13日 十三日会
九州の信心の大本と言われます小倉の教会初代教会長であります桂松平先生が本当に神様の間違いないしかも、教えの素晴らしいその教えに傾倒されて、こういう有り難い信心こういうありがたいおかげが受けられる神様を世界万国津々浦々にも広めたいと言う御神願を立てられての御信心であった。神の願いが成就すると言った様な事はそういう願いに立つことではないでしょうかね世の中に難儀な氏子が沢山ある
その難儀な氏子が取次助けられる、先ずは自分自身がもうこの様に素晴らしい教え、この様に素晴らしい、新たかなおかげを受けられる、神様を先ずは自分が頂くこと。そしてその信心を、自分の周辺に広めて行くだけではない、それこそ世界の津々浦々まで、この名教を広げずにはやまんと、言う様な御精神が桂先生の信心を、一貫して貫いておったという訳です。
先生の御時代には、沢山の徳を受けられた先生方が出来られました、その先生方が海外までも布教にでられるように、おかげを頂かれました。そしてその流れを汲む、末流である処の合楽にもおかげを頂いて、合楽周辺のひとが助かるだけではなくて、現在では九州だけではない九州全県に亘って。山口、最近岡山あたりにまで、岡山あちらの方から月参りをさして頂いて、この有り難い合楽の信心を、合楽理念をどうでも広めずにはおかんというような人達が、おかげを頂いているという事実がね。
いわゆる桂先生の信心の芯であるところの願が、合楽の上にそのようにして、現われているのではなかろうかと思います。私も桂先生が、この名教を世界中に広げたい、そういう祈りを受けさして頂きたい、ビリグイに末永先生が布教にでまして、一人も参ってこない10日間の間に、今日は大変有り難い、今朝方お夢を頂いて目を覚まさせて頂いた、そのお夢が小倉の初代桂松平先生と、合楽の親先生が二人で、ビリグイのお広前にお見えておると頂いた。
これは愈々おかげ頂くわいと思うておりましたら、丁度この十三日の日本でいう、十三日会の日から外人の方が参りだすようになり。日本の人達が参って来る様になり、おかげを頂いたという話でございますように。そういうお働きを受けてのこと、ですから十三日という日が、神願成就神様の願いが成就することのために、と言われるのですけども、まずは自分自身が、こんなに有り難い神様があるだろうか。
こんな有り難い素晴らしい、御教えがあるだろうかと、御教えを行じて守らなければ、有り難いおかげに、触れる事は出来ないんです。ですから合楽理念の芯とも思われる、いうならばせめて「黙って治める」とこぐらいは、受けたいという訳です。今日ある方が先程お届けをされましたら、話を聞いておっても、もうそれこそ泣きっ面に蜂と言う様な、ある人間関係で大変煩わしい、本当に腹も立ちなさろう、情けもありなさろうと言う様な事なんですよ。
そしたらね お花を盛り花なんかする時に剣山というのを使いましょ、その剣山が三本の二位ぐらいは、剣が立ってあとが立ってない処に、一本ずつ増えていくところ頂くんです、それが全部出来た時に、それこそ生き生きとした花が、これに捧げて、見事な花が出来上がってるのじゃなかろうかと思うんですけれども。今が辛抱の真中だということ、今が苦労の真中だ、その真ん中を大事にしなければいけませんよ。ここを辛抱し貫かなければいけませんよ。
必ず生き生きとした花が生けられる時がおかげを下さる、それまでは信心辛抱それこそ血の涙が出るような時でも、やはり黙って治める辛抱が徳になってくるまで、私はここん処を、昨日からその事を一生懸命に聞いて頂いているんです。けれどもそこん処がね、どう言う事かと言うと、今朝あたりの御理解を頂きますと「痛いのが治ったのが有り難いのではない。何時もまめなが有り難いのぞ。」と仰せられるように、どうも有り難いおかげの不感症にお互いなっているのじゃないかという今日御理解でしたよね今朝。
昨日ビルグイから手紙がまいりました、それにはもう不思議な不思議な働きのなかに、公子さんが安産のおかげを頂いた事が書いてございました。皆さんが今朝から昨日は美登里会でしたのでそれを読まして頂いた、ところが感動してる人もあるばってん、居眠ってる人もある、いっちょも感動も何もない、いつもビルグイの話はね、それこそ手の平を返すような、それこそ奇跡としかおれない程しの、おかげの事がいつも書いてあるのに、唯嫁御が安産のおかげを頂いたと、言う事が書いてあるだけじゃから。
「もうそれ位の事は当たり前というごたるふうで、ひとつもおかげと実感しきらんのがおる訳で、私は短い手紙の中に、まああちらにゃあ産婦人科も無い、所があちらに行って一ヶ月余りにして、日本人の産婦人科がしかも近くに開院されたと、はぁ神様のお働きちゃ素晴らしい事であるというて喜んでおった。所が今度愈々産気ずいたから行った所が2、3日旅行に行っとられる。そこに丁度外人のブラジルの方がお参りされて、その方の親戚がやっぱり産婦人科をなさっとられる。
その所へ自分が連れて行って、丁度ブラジル人のご信者さんが二人でされ、それこそ親身も及ばぬ御用をして頂いた。そしていって又たまげた事は、あそこの総代さんの息子さんの嫁さんも入院しとられて、そこに付き添いに来とられるのが、日本人の方だった、もう何からかにまで、そういう御都合の中にしかも難産癖の公子が、おかげを頂いて「こりゃ痛み出したけんまぁ二、三日苦しまにゃ生まれんじゃろうと行った所が、行って十分もせん内に安産のおかげを頂いた」
と言う様なもう安産のおかげを頂いたと言う事は、合楽では当たり前のごつなって、けれどもどげん考えても、外人の方でそういう親身の御用が、しかもその二人とも日参をしてくれる方だそうです。そして親身な御用がしておられるというそこに本当に感動、読むたんびに感動するです、もう本当に有り難い神様じゃと言う事を思う訳なんですけれども、それでいてお互いに感動が少ない感動しないと言う事にねおかげをおかげと感じ切らない、いうならおかげの有り難いと言う事も不感症になっていないかと。
それこそ目に見える所のおかげ、はぁこれは奇跡だ、是は素晴らしいというのは氷山の一角であってその、いうなら根元のおかげの方が、どれ程おかげを受けているか分からない、そういう不思議なおかげを頂いておる事を、私共が疎かにしておると言う事なんです。それに気が付いていない、ここん処を気がいきゃ、日々見るもの聞くものみんなおかげをおかげと、キャッチさしてもろうて、有り難い心も湧いてくるんですけれども、だからそういうおかげを頂かせてもろうて、始めて信心のありがたさが分かる。
その有り難さがこうやって、ところがどうも私共の場合は、何かこう特別なおかげ、いまも井出さんのお導きでと言うて、始めてお参りした方が井出さんを通して、お届けがしてあった、合楽の先生に兎に角今日は、もうはっきり教えて頂いてと言う訳なんです、で私が申しました「あんまりはっきりした事が分るといけないよ」と私がいうて、二三日まえ何の事だったか、繁雄さんが話しておられるのを聞いて。ほんにそげな事があったの、と言うて話した事ですが。
もう三余年にもなるでしょうか、綾部さんの招待で東京相撲を福岡で見せて頂いた事があるんです。そん時に親先生が丁度十両が始まったばっかりでした。今度繁雄さん右とが勝つばい左とが勝つばいとずうと教えて頂いたら、親先生が言う通りになったという話を誰かにしておられるのでした、正教さんだってろうか。それで愈々今度は本番というんですか、あの幕内の力士が入ったら、神様がぴたっと教えて下さる事を止められたんです、それで神様にお伺いさして頂いたら「それがわかると面白う無い。」
と神様がいわれる。だからそれが分かると苦しうなる、それが分かるとおちおちして居れないと言った様な事があるんだよ、例えばこの辺だけの臭いだからよかばってん、便所の臭いが十里もこして来る、そりゃ本当に気違いなる事ある事があるよ。例えば今度久保山のお母さんが亡くなって、丁度元旦にお知らせを頂いておったからね婦人総代が二人ながら今年お終いになるという、参って来る度にその辛さというものがね私の、本当にお国替え頂くならば、一つ有り難い信心を頂いてという祈り願いはあるばってん。
だからそう言う事が分かるとね、返っていけないよだから分からん方がええ。それより信心は今朝から頂いているように、それこそ目に見えない処、いままで気が付かなかった処の、おかげを気付かせて頂いて、有り難いと分かり、「信心は山登りと同なじと仰るから、それが一歩一歩高められて行くに従って、自分の視野が広がってくる、自分の見方考え方が変わってくる、それが楽しいのだそれが有り難いのだよ」とそう言う様な話しをさして頂いたことなんです。
ですからそういうなんか奇抜なこと千里眼的なことが聞いたら分かる、する事がありがたいような信心からそれこそ「痛いのが治ったのがありがたいのではないいつもまめなのがありがたいのぞ」と言う様な信心が分って有り難い、その有り難いという心で私共が神願成就のために奉仕させてもらう、神願成就のために愈々打ち込ませて頂くと言う様なおかげを頂くには先ずはそこが頂けなければならない。
そこで皆さん不思議なことですね、私はこの前の月次祭の時にご本部参拝の話丁度共励殿のとこで若先生ひとり、「今度はどれだけお参りすることになったね」と言ったら136人と云いますもん、「それはどうしてや」と聞いた所が「汽車が136人しか受付けん」というたそうです。そげなことがあるもんか、いくらなんでんこの前が250人の60人のというたんじゃから、今度は200人はお参りせんといけんとばい、どうしたこっちゃろうかと思っておりましたがね。
久留米はと聴かせて頂いたら136人のなかに未だ20人ばっかり足らんっち言うんです。本当に不思議な事ですね、願いというものは、だからとつけのない事で、今の合楽に千人参りと言っても無理でしょう。けれども200人参るというなら楽にだいたい出来るぐらいのおかげを頂かなければ、少しは無理をして「ご本部参拝どうですか」とみんなが誘い合うておかげ頂かんならんけれども、願いが小さいと、やっぱり136名ですら未だ20名申込んどらんというね、だから願いというものは、
今日もお参りなっとられますが、「丁度2年前の今日十三日会に、初めておかげを頂いてそん時に十年祭のお話がでました、もうぼちぼち十年祭の準備が出来なければという、信徒会長のお話を聞いてから、私はその日からおかげを頂きだした、段々おかげを頂きましたと言うて、丸2年そのときから思い立った時のことが、もう本当にこの方がお届されましたけれども、本当に合楽では目立たないご信者、それこそ影絵の影の様な所に、おられるような感じの方が、本当にどうしてこう言う事が出来るじゃろうか。
それは願いを大きく立てたんです、しかもそれが2年前に、しかもそれからその日から始められた、いうならば花となり実が結んで、今日改めてお供えが出来るようになったと言う事です。ですから願いを大きく立てて、しかもとつけもないその自分の力の範囲内で少しは手が届かんという処に、願いを立てておかげ頂いたなら、おかげ頂きましょうではなくて、こちらが願いを立ててからそれに、取り組んで行くと言う様な信心、そういう信心が、先ず神願成就のことのきっかけになるのじゃないでしょうかね。
神の願いが成就する、午前中から出て来て、草の一本でも取らせて頂こうと言う事、だけでなくてその信心が、今日皆さんに聞いて頂いた処に先ずは助かる。桂松平先生が、この有り難い信心を、この名教をと当時雲っとられましたけれども、どこを捉えて名教と言われたか知らない、けれども今の合楽で初めて、金光教が名教だと言う事が言えるのではないかと思うんです。
だからこの名教をそれこそ引っ下げての世界津々浦々、桂松平先生の信心の願いが成就すると言う事は、そのまま神様の願いが成就する事でもありましょう、そういう願いに立ってそういう信心に添う、て1つおかげを頂く、それにはお互いいろいろな矢張り工夫をしなければいけない、あれもこれも分かってしもうたでは、1つもおかげになりません、判らん処が味噌、そこんところを一歩ずつでも、分かる事に近ずかせて頂くという信心が精進なんです。
どうぞ。